「運の量」が減るから宝くじは買いません

僕は、宝くじを買わないことにしている。

過去に一度か二度は買ったことがあるけれど、数年前に買わないことを決めた。

それは「運の量」という考え方を支持するようになったからだ。

人が持つ「運の量」は決まっていて、それは有限。ラッキーなことが起これば「運の量」は減っていく。

宝くじで「1等、前後賞合わせて7億円」なんてのを当てちゃった日にゃ、自分の「運」がすべて使い果たされてしまいそうな気がして怖い。

もし、7億円が当たったら……なんて想像してみる。

生活費を稼ぐ必要はなくなって、ナマケモノの僕だから仕事はしなくなるだろう。

家のローンを完済して、とりあえずクルマでも買い替えるか。せっかくやし、高級外車にしてみよう。

仕事しなくなったら、めっちゃ時間できるな。何するんやろ。

このブログとか、趣味の小説とかを書きまくるんやろか。

それはそれで悪くないかなぁ……いや、ちょっと待てよ。ナマケモノやから、そんなに長時間は書いてられへんぞ。

それに、超が付くほどの心配性の性格やから「誰かに狙われへんやろか」とか「泥棒や強盗に入られへんやろか」とか、いろいろと誇大被害妄想が広がるんやろな。

不安すぎて外出られへんやん。

あ、高級外車が駐車場に停まったままやん。

飲みにも行かれへんやん。それは……しんどいわ。

例えば、高級外車に乗って、高級腕時計をはめて、宝くじが当たったことを秘密にしてたら、周囲の人たちは僕のことを「成功者」として持て囃してくれるのかもしれない。

でも、これで「運」を使い果たしてしまうのは何かイヤだ。

「どうせ当たらないから、そんな心配は無用だ」と言われるかもしれんけど、どうせ当たらへんなら、なんで買うねんwww

これって結局は、何に幸せを感じるのか、ということに行き着く話なのだと思う。

経済的に裕福になることが、さも幸せの絶対条件というような価値観が蔓延っているけれど、僕はそうは思わない。

もちろん、生活したり、家族を養ったりするためには、お金は必要だ。お金があることで回避できる不幸もあるだろう。ただ、お金があれば無条件に幸せになれるのかといえば、それは絶対じゃない。

僕は、人生でやりたいことがたくさんある。大きなことから小さいことまで実にたくさん。

それらを成し遂げられたときに得られる幸福感の積み重ねこそ、人生の幸せを創るんだと信じる。

そのためには「運」は大なり小なり必要だから、少しずつ大切に消費されていってほしいと切に願うわけです。

7億円があっても幸福感の積み重ねは買えやしない。

(ま、7億円もの大金を手にしたことないから知らんけどねwww)

「運」をお守りに、自分の幸せを創る行動を始めよう。

それはきっと、宝くじ売り場に走ることではない。