小説『I love Dogs.』(5)

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私はそのまま帰宅する気分にはなれず、酒を煽りたくなった。どうせ、明日の最初の訪問時刻は昼前だ。出勤する必要がないのなら、今夜少しばかり飲んでも朝は自宅でゆっくりできる。カフェ「ケセラセラ」を出て、コバさんに電話をかけてみた。留守電に切り替わったため通話を切ったが、すぐに折り返しがあった。出ると、コバさんのしゃがれた声に飛びかかるように機械音がうるさく鳴っている。下請け先の工場にいるという。飲みに誘ってはみたが、今いる下請け業者の社長との会食が入っているそうで、断られた。クロフネがぶちあげた「働き方改革」を知っているのか、また、それについてどのように感じているのか、ぜひともコバさんに意見を聞いてみたかったが、機械音が邪魔して断念した。一分にも満たないコバさんとの電話を終えた私は、もうひとりの「当て」に連絡を取ってみた。

先に到着した私がカウンター席でビールを飲んでいると、黄色の扉の向こうから白いTシャツに黒いスキニーデニムを履いたタカツが颯爽と入ってきた。夏を間近に控えて気温が上昇しているが、まだ夜は肌寒い。それなのに、Tシャツが好きでスーツが嫌いなタカツは、一年のうち、できるだけ長い期間をTシャツで過ごそうと努めていた。私を見つけて右手を上げると、隣に腰掛けてビールをオーダーした。

「久しぶりやん」

関西出身のタカツは、いまだに関西弁が抜けない。大学時代の友人で、私が今もこうして連絡を取り合っているのは、このタカツくらいだ。タカツは現在、フリーランスのライターとして活動している。広告だったり、フリーペーパーやウェブメディアの記事だったりを手がけているそうだ。友人だった多くは、就職活動がうまくいき、名だたる企業に就職していった。それだけに、卒業後に会えば年収がどうとか最近こんな自動車や時計を買ったとか、そんな話ばかりで私はうんざりしていた。シューズカワムラで働く私の給料は、彼らに到底及ばない。引け目もあったのだろうが、私は段々と距離を置くようになっていった。その点、タカツは経済的な自慢話はしない。それどころか、「そんなもん、何の意味がある」と言い張る。タカツはタカツなりに葛藤もあるのだろうが、その心のうちをひけらかそうとはしない。「タカツ」というキャラクターを演じているのかもしれないが、私は友人でありながら、その強さを尊敬もしていた。

店員がタカツのビールを持ってくると、私たちは軽く乾杯した。ビールを少しだけ口に含んだタカツは、白いリングで綴じられたメニュー表をパラパラとめくり、海老のアヒージョ、パテのピンチョス、たこのガーリックマリネ、野菜スティックと、慣れた様子で注文していった。タカツによると、この鉄板バルにはよく来るらしい。「お好み焼きがめっちゃうまいねん」と教えてくれた。このバルは、カウンター席しかなく、入口から縦に細長い。ちょうどカフェ「ケセラセラ」のようだ。こういう狭い空間を好むのも、私とタカツとの一致点なのだろう。次々に料理が届く中、それらをつまみながら私たちは他愛もない話をした。私が三杯目のビールを飲む頃、タカツは赤ワインに移っていた。私は、飲みの席ではビールを頼むのが無意識のうちに染みついている。その方が、社長やコバさん、取引先や下請け先など、諸先輩方と飲むときに相手を待たせなくて良い。社会を生き抜く処世術ともいえる。しかし、タカツは飲み物ひとつ取っても、自分の意志で明確に選ぶ。最近は赤ワインにハマっているようで、銘柄がわからないなりに、ワインショップを訪れては色々と試し買いをしているそうだ。

「高いか安いか、市場価値は素人にはわからんけども、美味いかマズいかはわかるやん。だって、判断するのは自分の味覚なんやから」

前にそう言っていたことがある。他人の目を気にしないタカツが私は羨ましくもあった。酒が進むと、タカツの方から「ほんで、どないしたん?」と話を振ってくれた。私は、ここ最近のシューズカワムラの出来事について順を追って説明した。川村社長が倒れたこと、その息子が新社長に就任したこと、新社長が変革をもたらそうとしていること。新社長に「クロフネ」というニックネームを付けたと言うと、タカツは「センスないわぁ」と言いながらも笑ってくれた。そして、「悪くない改革なんちゃう」と言った。予想していた反応だ。しかし、少し寂しい。おそらく、タカツは私のそれを感じ取った。

「気持ちはわかるよ。変わることに抵抗が生まれるのは、それだけ今まで一生懸命に支えてきたってことやし、誇りに思ってええと思う。無責任な奴らはすぐに対立軸を作って、新参者を正義、古参を悪みたいにカテゴライズするけど、それは違う。古参には古参の正義があるわけやし、どっちも正義なわけよ」

タカツはワインを一口飲んで続けた。

「でも、時代の流れにさからえへん部分はあると思う。今はどの企業も労働環境にメスを入れてて、副業を解禁したり、リモートワークを導入したりしてる。AIやロボットや言うても、まだまだ国全体に浸透するには少なからず時間がかかるやろうから、付け焼刃でも労働力の減少に企業は対応せなあかん。クロフネやっけ?その人がやってることは、今のところ理に適ってんちゃうかな」

さすが、ものを書いて生きている人間だ。ずしりと腹に来るのに、決して消化不良は起こさない。私が唸っていると、「意外と古風やもんな」と顔を覗いて茶化してきた。

「もうちょっと肩の力抜いて、リラックスリラックス。このまま年いったら、めんどくさい頑固ジジイになってまうで」

私は「大きなお世話だ」と言ってジョッキに残ったビールを飲み干し、おかわりを頼んだ。

「ま、そういうところがええとこやし、俺は好きやけどな」

いつも最後には人の心をもてあそぶ。組織に興味のないタカツだが、マネージメントの領域においても力を発揮するのではないか。人の意見を否定せず、理解した姿勢を示したうえで、行き場を失いかけた感情をソフトランディングさせてくれる。

タカツの言うとおりかもしれない。確かに私はクロフネに対し、敵意とまでは言わないものの、はなから破壊者のようなレッテルを貼り、ひどく疑っていた節がある。時代に合わせてシューズカワムラをリニューアルすれば、より良い企業として社会に認知されるかもしれない。そうすることができれば、懸命にリハビリに励む川村社長への恩返しになるはずだ。今、クロフネの足を引っ張るようなことをすれば、それこそ仁義に反する。シンナーのようなにおいがアロマに変わったって、別にたいしたことではないじゃないか。私から靄が晴れるのを見通したのか、タカツは店員を呼んでお好み焼きをオーダーした。

「ここのお好み焼き、フワッフワで最高やねん。これはホットプレートでは作られへん。初めて負けたと思ったで」

タカツがニッと笑うと、私の頬も自然とほころんだ。

(6に続く)

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