小説『I love Dogs.』(8)

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「コバさん、辞めてもたか」

私の隣でビールを飲むタカツとシューズカワムラをつなぐものは私以外に何も無い。それなのに、コバさんの退職について、タカツが寂しそうに思ってくれているのが伝わってきて有難かった。この日は、社長やコバさんとよく来ていた焼き鳥屋でタカツと飲むことにした。この店を選んだのは私だ。本当はコバさんと飲み、いろいろと話をしたかったのだが、何度か電話したものの「今はバタバタしていて」とつれない素振りだった。もう私に会う気はないのかもしれない。私が思わずため息をつくと「コバさんが来るかもと思って、ここを選んだんやろ」とタカツに心の内を当てられた。この男は、とにかく鋭い。見透かされてあっけに取られていると、ねぎ身を一本頬張りながら続けた。

「コバさんは、しばらくはお前に会う気ないやろな。その気持ち、わかるもん」

タカツに言われると、それが真実のようでつらい。

「なんで?」

コバさん本人に聞きようがない今、タカツに尋ねる他ない。カウンターには私とタカツだけがいて、後ろのテーブル席はひとつだけが埋まっている。三人組のサラリーマンだが、会話が弾んでいる様子はなく、静かに飲んでいる。たまたまなのかもしれないが、この店の活気も失われつつあるような気がして寂しかった。

「いや、たぶんやけどな、自分が会って話すことで何かしらの悪影響をもたらす可能性を危惧してるんちゃうかなぁと思って。お前はコバさんのことを慕ってるわけやろ。そうなると、自分の言葉の影響力を考えてまうやん。お前の仕事や会社に対するモチベーションを下げてしまったりするのは、コバさんの本意ではないやろうしな」

それは一理あるかもしれない。コバさんは、おそらく今でもシューズカワムラを愛している。自分だけではなく、私までが退職したとき、会社の今後はどうなるか、考えないわけはない。それでも、置いていかれる私はどうすればいいのか。クロフネに対しても気持ちの折り合いがつかない。タカツがビールをおかわりし、カウンター越しに受け取った。私のジョッキには、まだ半分以上も残っている。

「クロフネは、コバさんが犬アレルギーなのを知ってたんかなぁ」

赤ら顔のタカツが独り言ちた。「だとしたら……」。私の顔が強張るのを察知したのか、タカツはすぐに「いやいや、ちょっと思っただけやで」と、焦りながら笑顔を作った。しかし、その推論は私の脳内にびっしりとこびり付いた。

クロフネは、古参のコバさんを退職に追い込むため、わざとペット同伴を決めたのか。コバさんが犬アレルギーであることを知っていて。クロフネは川村社長の息子だ。川村社長はコバさんが犬アレルギーであることを知っていたのかもしれないし、それならその情報をクロフネがキャッチするのは難くない。自宅での団らん中、なにかしらの話題をきっかけに飛び出たことも十分に想像できる。クロフネは「当社も採用に力を入れていくフェーズに移行していくつもりだ」と鼻息が荒かった。コバさんの首を切って浮いた人件費で、採用する気なのだろうか。込み上げる怒りを抑えようと、私は残っていたビールを一気飲みした。タカツが「落ち着けって」と私の肩に手を置く。大将が名物のつくねを出してくれると、タカツはお冷を頼み、私にくれた。身体が火照っている分、飲んだ水が体内を流れるのをはっきりと感じることができる。しかし、焼け石に水とはこのことで、怒りの炎は静かに燃え続けた。

「このつくね、名物なんやろ。めっちゃうまいやん」

タカツは話を変えようと必死で、それは申し訳なかったが、このつくねを見ればまた昔を思い出す。昔とはいえ、数十年も前の話ではない。なぜ、こうなってしまったのか。川村社長が倒れ、コバさんが去り、残ったのは私ひとりだ。社長が病に侵されたのは不可抗力だったにせよ、どこかで狂った歯車を負の方向に加速させたのは間違いなくクロフネという男の存在だ。苛立ちが止むことはない。

(9に続く)

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