小説『I love Dogs.』(10)

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寄稿「貫き通した愛情の彼方に」

世間をにぎわせた三面記事的事件は読者の記憶にも新しいと思う。タイトルは「社長の犬、連れ去り。従業員を書類送検」。筆者自身、ネットニュースを見たとき、「ふざけた奴もいるもんだ」と滑稽に思ったが、興味本位で本文を読むと、文字通り、息が止まった。この従業員というのが、筆者の友人だったからである。彼は、どうしてこのような奇天烈な行動に出たのか。もしかしたら、というか、ほぼ確信に近いのだが、筆者にその要因の一部があるように思え、ペンを取った次第である。筆者と彼は、大学時代の友人だ。筆者にとって、彼は卒業後も顔を合わせるごく少ない友人のひとりであり、彼にとっても筆者はそういう存在だったと信じている。実は、ここ数か月、筆者は彼から相談を受けていた。具体的には、勤める会社への不平不満である。こう書くと、最近の若い奴らにありがちなエゴイスティックに捉えられるかもしれない。しかし、罪を犯したとはいえ、友人として、そしてひとりの公平な物書きとして、彼の名誉のために言っておく。彼は会社を愛していた。彼は、自分を拾ってくれた会社に恩を感じ、勤め始めてから十年間、紛れもなくその身をささげてきたのである。名も無い小さな会社。私たちの友人が勤めている大企業に比べれば、彼の給料は足元にも及ばない。それでも、彼は誇りを持って働いていた。だから、彼の仕事の話を聞くのが筆者は好きだった。その会社に縁もゆかりもないが、いわゆるファミリーのような嬉しい錯覚を覚え、フリーライターという孤独な生業を選んだ筆者を癒やしてくれたのも少なくない。

雲行きが怪しくなったのは、数か月前である。きっかけは、社長の世代交代だ。先述したとおり、彼は会社に恩を感じ、底知れぬ愛着を抱いていたが、その思いは前社長に収れんされている。会社というのは形があるようでないもので、愛社精神というものは、そこにいる人たちに愛情を注げるかどうかだと思う。そういう意味において、彼は愛社精神の塊のような人間だった。それだけ強く慕っていた前社長が病に倒れ、その息子が新社長に就任してから、この「喜劇のような悲劇」は始まっていた。

新社長は、会社をどんどん改革していった。おそらく、親子の中で何かしらの会話がなされていたことは想像に難くない。友人の筆者から見る彼の人物像は「真面目」。ただ、長所に捉えられることが多い「真面目」の弱点は、想像力の欠如にある。彼は、この裏芝居を想像できず、新社長に「破壊者」のレッテルを貼った。彼の頭の中では、前社長と新社長は相容れない。そのため、新社長のなすことすべてに敵対心を燃やしていったのである。しかし一時期、新社長に対する疑念が和らいだこともあった。彼が安堵したような顔を見せたため、筆者は安心したのだから間違いない。ただ、それは長くは続かなかった。その後、彼の中で決定的となるトピックが起きた。

前社長の他にもうひとり、彼が信頼する人物がいた(仮称をK氏とする)。このK氏は、前社長と二人三脚で会社を切り盛りしてきた人物で、功労者と言っても異論ない。そんなK氏が、ある日、退職を申し出る。これを彼は「新社長の陰謀」と決めつけたが、それには理由がある。この少し前、新社長は会社の福利厚生として「ペット同伴」を決めた。犬を職場に連れてくることを許可したのである。今なら導入している会社も少なくないだろう。問題だったのは、K氏が犬アレルギーだったことだ。彼は、新社長はそれを知っていて、K氏に自ら首を差し出すように画策したと思い込んだのである。

冒頭に、筆者にその要因の一部があるように思えると書いたのは、ここだ。彼と焼き鳥屋で飲んでいた筆者は、新社長がK氏の犬アレルギーについて知っていたのではないかと呟いた。冗談のつもりだった。しかし、彼はそれを冗談として受け取れる心理状態になかった。ビールを一気飲みし、真顔で一点を見つめる様子は友人ながら恐くもあった。

警察に提出されたドライブレコーダーには車内を映した映像が残っていた。猛スピードで運転する彼は何かを唱えている。耳をすますと、こう何度も言っていた。

「I love Dogs. I love Dogs.」

彼は真面目だ。それに、犬が苦手だ。彼が計画を遂行するには、自分を納得させる大儀が必要だと無意識に判断したものと推測される。それは犬を解放してやるんだという、偽りの愛情と使命感だったのかもしれない。

筆者は、このたび、渦中の新社長をインタビューすることに成功した。ひどく落ち込んでいた。「自分のやり方が間違っていた」と下を向く様は、パフォーマンスには見えなかった。それに、新社長は父親である前社長を心から尊敬しているようだった。リハビリに励む毎日を過ごす前社長も憔悴しているという。新社長は、前社長が築いてきた財産(これには人財も含まれる)を壊さず、父と同じように愛情を持って会社を立て直そうとしたのだろう。なのに、それが彼に伝わることはなかった。だからこそ、「喜劇のような悲劇」なのだ。

筆者は「互いに正義を主張するから争いは無くならない、愛情こそがこの世の中には必要なんだ」と青臭いながらも考えてきた。しかし、どうやら大きな勘違いをしていたようだ。正義は、いつも愛情に支えられている。愛情のない正義はない。悲しいかな、愛情ある人間同士の争いは普遍的なものなのだ。

今回の事件には、人間らしい愛情がいっぱい詰まっている。連れ去った挙句、近くの山に置き去りにした彼は書類送検されたが、犬が無事に保護されたこともあり、新社長は被害届を取り下げた。

この愛と恩にどう応えるのか。それによって、彼が貫き通した愛情の価値が定まるのではないだろうか。ひとりの友人として、彼の再起を願うばかりだ。

タカツリョウ

(完)

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