ショートショート『桜の家』

ショートショート『桜の家』

小さな村のはずれに、大きな桜の木があった。

幹は言うまでもなく、そこから分かれる枝一本一本まで太く長く、それはもう立派な桜の木だ。満開の季節を迎えれば、豪華爛漫に咲き誇る。村人たちが一度に集まっても、全員を覆うことができた。

見上げれば、空に一面の桜。この桜の木は、何もない小さな村にとって自慢だった。

あるときから、この桜の木の下に「海の家」ならぬ「桜の家」と呼ばれるものが現れるようになった。「家」とはあくまで呼称に過ぎず、簡易のテントの中にシートが敷かれているだけだった。

最初、村人たちは不審に思ったが、そこからひょっこり顔を出した男を見ると警戒感が幾分か和らいだ。絵に描いたような恵比須顔で、ふっくらとした体形は、歩くさまさえ愛嬌に映る。

何人かの村人が近づいてみると、その男は手招きをして中に座らせた。そのうえ、三色団子や甘茶、酒を出してくれた。「そんな金はない」と村人のひとりが言うと、男は「お代はいりません」とかぶりを振る。「本当か?」と尋ねると、「どうぞどうぞ。ご遠慮なく」と満面の笑みで返してきた。

そこで振る舞われた団子や茶、酒は、村人たちがこれまで味わったことのないほど絶品だった。気分を良くした村人たちは、さすがにタダでは申し訳ないと、いくらかの金を渡そうとしたが、男は頑なに受け取ろうとはしない。

「また、いらっしゃっていただければ、私はそれだけで幸せです」と、この日一番の穏やかな表情でそう言った。

この噂は、小さな村中を一気に駆け回り、翌日には村人全員が「桜の家」にやって来た。さすがに困るのではないかと思ったが、男は嫌な顔ひとつせず、団子や茶、酒を多分に振る舞い、村人たちをもてなしてくれた。村人たちは毎日集まり、まさに大宴会の様相を呈したが、男はお代を一切受け取らなかった。

桜が散ると、その「桜の家」はいつの間にか消えた。男も村には姿を見せない。しかし、年が変わって桜が咲くと、必ず「桜の家」は現れた。

「あれは、本物の『桜の神』なのではないか」という声も上がった。そんなことが数年ほど続いた。

ある年のことである。大きな桜は、例年にも増して優雅に咲いた。その美しさは、日の本一を競えるほどだったに違いない。

しかし、村人たちの表情は一様に冴えなかった。長年にわたって村を統率してきた高齢の村長が息を引き取ったのだ。ここ最近は病に伏せってはいたが、村のために命を削ってくれた。過去には、村人同士が不毛な争いを始め、血が流れたこともあったという。それを鎮め、村をひとつにまとめたのが村長だった。その村長を失い、春の陽気とは裏腹に、村には悲壮感が漂っていた。

「今年の桜を、最期に一目だけでも村長に見せてやりたかった」。村人たちは泣いた。しかし、いつまでも落ち込んでばかりはいられない。生きていかねばならないのだ。

村の政を担う人間が集まり、会議を開いた。次期村長を決めるためだ。その話し合いの中で、こんな意見が飛び出した。

「『桜の家』の主人にお願いしてみてはどうか」というのだ。

他の村人は驚いたのと同時に、下を向いた。村長は、村に住んでいる人間が務めるしきたりなのだ。みな、しばらく押し黙った。どれくらいの時間が経ったかわからない。結果、その案に全会一致で賛同した。

「あの主人なら納得できる」と口々に言うが、あの偉大な村長の後継が務まる人間は現村民にはいない、という後ろ向きの考えが背中を押したのも否定できない。

一行は「桜の家」に向かった。男は、いつもの笑顔で出迎えてくれた。村長の訃報を伝えると、男はたいそう悲しみ、供養として村長が大好きだった団子をたくさん包んでくれた。

その慈悲深さに触れ、一行が自分たちの決断に自信を深めたところで、ひとりの村人が新村長就任の打診を切り出した。男は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。無理もない。

「いやいや、私なんかに務まるとは……」。謙遜するだろうというのは織り込み済みだ。「わたしたちが支えます。どうか」。みなで説得した。「この通りだ」と土下座をするのもいた。たまらず、男は「少し考えさせてください」と言った。これも織り込み済みだ。

この日は、話はそのへんにして、みなで村長を弔うように、酒を交わし、踊りを舞った。男も泣き笑いをしており、村人たちは心を打たれた。

数日後、もう少しで桜が散ろうというとき、村人たちは「桜の家」を訪れて再度お願いをした。男は根負けしたのか「みなさんがそこまでおっしゃるなら、わかりました。この命をかけてお引き受けいたします」と頭を下げた。村人たちは歓喜に沸いた。

さっそく、この男が住む「新村長の家」をしつらえた。家紋まで用意した。家紋は、もちろん桜だ。

新村長就任の日、男が村にやって来ると、村人たちは大歓迎した。これまでの御礼もかね、村で採れた野菜や米でもって「新村長の家」で大いにもてなした。

村人たちが帰り、しんと静まり返った夜。

「新村長の家」で男は、ある人に文をしたためていた。

 

「万事、計画通りと相成りました。私は、村人から請われるかたちで新村長となったのです。これまで、あなたさま方からお預かりしていたものの数々を、あの桜の木の下に埋めておりました。桜の良いところは、儚いことです。こう言うと、何を風情なことをと思われるかもしれませんが、そうではありません。儚いとは、つまり咲き誇る時間がごくわずかで、すなわち、人が寄り付く期間が短い、ということでございます。私の見立てに狂いはなく、桜が散った木に、村人は誰ひとりとして全く近づきもしませんでした。掘り起こされたりしないように用心すべきは、桜が開花している間のみ。そのため、『桜の家』などという小細工を弄ろうしたわけなのです。少々時間がかかりましたが、長い目で見れば、この方法が最も安全なことは明確でございました。村人は、私のことを『村長』という呼び名では飽き足らないようでして、『桜の神』と呼ぶ者もおります。とはいえ、まだまだ安心はできません。信用というものは、成るには難く、散るは易いもの。まるで、桜のようです。抜かりなきよう、進めてまいる所存です」

次に桜が咲いた頃、新村長の意向で、大きな桜の木の下には頑丈な鉄で造られた長方形の「桜の家」が設置された。

ここは村人たちの憩いの場として、桜の季節はもちろん、1年にわたって誰でも自由に利用できる。嵐でもビクともしないため、災害時の避難所としても活用できるという。

土を掘る工程を省くことで、費用は大まかに安くなった。その費用は、すべて新村長がまかなった。完成を記念した式典では、村人たちが次々に感謝の弁を述べた。

新村長は笑顔を絶やさなかった。

 

この下に埋められたものの数々、例えば、大量の白骨化した死体や血がこびりついた刃物、それから軍の機密文書などが、これで誰かの目に触れることはない。

fin.

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