ショートショート『行列のできる睡眠術師の憂鬱』

ショートショート『行列のできる睡眠術師の憂鬱』

「先生、今夜もよろしくお願いいたします」

男は恭しく頭を下げると、布団に入って仰向けに寝転がった。

先生と呼ばれた男の名は道山(どうざん)。人々を快眠に誘う「睡眠術師」として名を馳せ、今ではクライアントが絶えない。20時頃から遅いときには深夜2時頃まで、大企業の社長や政治家、人気女優の自宅や宿泊先を次から次へと訪問し、睡眠術を施す。

今宵最後のクライアントは、日本各地に飲食店を展開する実業家だ。順風満帆に見えるのは、毎度のことながら外側だけで、事業がうまくいっている経営者ほど慎重だったり心配性だったりして常にビクビクしている。この男も例に漏れず、不安が払しょくされないことで寝つきが悪くなり、数か月前に初めて道山の睡眠術を体験した。落ちるように眠りにつける快感の虜となり、こうしてリピーターとなっている。それ以来の訪問だった。

道山の評判はうなぎ上りで、なかなか予約を取れない。昔に比べて「睡眠」の重要性が叫ばれているのも追い風になっている。深緑の作務衣を身にまとい白い顎鬚を蓄えた仙人風のイメージ戦略も功を奏し、健康志向に傾いている富裕層たちの心をつかんだ道山は、巷では「行列のできる睡眠術師」とも呼ばれている。

枕の上にある男の頭を両膝で挟むようにして座った道山は、右手と左手の小指で相手のこめかみに触れると、そのまま皺だらけの両手でやさしく覆った。力加減に気を配りながら、指で巧みに頭のツボを押していく。ツボの場所や押す順番、そのときの強さや長さなど、それらはすべて道山の脳というより、指がインプットしている。

数分経つと、静かな寝息が聞こえてきた。もう少し深い眠りに導くため、道山は指を休めない。空気が小刻みに震えそうな地鳴りのようなイビキをかき始めた。これにて施術終了。枕元に置かれていた「御代」と書かれた封筒の中身を確認し、部屋の外に待機していた秘書に一礼して辞去した。

外に出ると風が心地良く、空を見上げれば満月が美しかった。いつもはタクシーに乗って帰る道山だったが、自宅まで20分ほどの距離だったため、歩いて帰ることにした。歩きながら、時折、満月を眺める。60を前にして、自分の人生の花が開くなんて思ってもいなかった。経済的にも相当潤い、若い頃に苦渋を味わったのが嘘のようだ。

30歳になったことを機に、ようやく身を立てることを決めて始めたのが整体だった。それから20年ほど、整骨院で働く傍ら勉強と研究を続けて編み出したのが睡眠術だ。ただ、これは一種の魔法のようでもあり、レシピやマニュアルは存在しない。道山にしかできない技なのだ。学術的には全く認められていないし、アンチも多い。けれど、実際にクライアントからはたくさんの感謝の言葉が届いている。

「世の中に貢献しているのは自分の方なんだ」

ときにはペテンなどと罵られることもあったが、道山は気にしなかった。

月を見て、自分の手のひらに視線を落とした道山。そのとき、後ろから衝撃を受けた。前のめりに倒れて顔面を強打しそうになったが、地面に両手をついて助かった。四つん這いの格好で後ろを振り向くと、千鳥足の若い酔っぱらいが見下している。

「じじい、急に止まってんじゃねえぞ。危ないだろうが」

詫びを入れることすらなく、さらに罵倒してくることに怒りを通り越して呆れたが、ここで揉め事になれば築き上げた名声に傷が付くかもしれない。ゆっくりと立ち上がった道山は、膝の砂利を払うと何も言い返さず足早に去った。

翌日は、外務大臣の経験もある大物政治家への施術からだった。高級旅館のような和室に通された道山は、浴衣姿の恰幅の良い男から歓迎を受けた。

「いやいや、先生。ずっとお待ちしていましたよ」

まさに世界を股にかけて外交を担ってきた人物から「先生」と呼ばれるのことに最初は小っ恥ずかしい思いだったが、慣れれば平然と受け入れられた。世間話もそこそこに、いつもの体勢を整えた。男の頭を両膝で挟み、10本の指を使って頭のツボを押していく。

5分経ち、10分が経つ。そろそろ眠りに落ちても良い頃合いなのだが、まだ意識があった。道山よりも先に不思議に思ったのか、閉じていた目を開け尋ねてきた。

「あれ?いつもより時間が経っている感じなんですが……」

道山は少し焦ったが、ここで狼狽えてはいけない。

「先生、少々お疲れですか?稀にですが、かかるまで時間を要することがございます」

嘘だった。こんなことは初めてだ。

さらに10分ほど続けたが、事態は好転せず、手のひらにはじんわり汗をかいていた。もう20分ほど経過している。さすがに気まずくなったのか、男の方が再び目を開けた。

「先生、私の方に原因があるかもしれないですね」

そう言うと、むくっと起き上がり布団の上に胡坐をかいた。

「内密にお願いしたいのですが、実は秘書が不祥事を起こしましてな。そろそろマスコミが嗅ぎつきそうで、最近は対処についての協議を続けておりまして、生きた心地がせんのです」

道山は、咄嗟に同情するような表情を作った。

「なるほど。先生ほどの人物の悩み事ともなれば、それは一般人と比べてスケールも次元も異なります。ですので、事が少々落ち着かれるまで様子を見られた方が良いかもしれません」

道山を信用している男はこの言葉を鵜呑みし、しかも褒められたような気にもなったのか、なぜか嬉しそうだった。それどころか「そうですか。わざわざお越しいただいたのに申し訳ございません」と謝ってきた。

居たたまれない道山は深々とお辞儀をし、逃げるように屋敷を出て行った。悪い夢であってほしい。道山は移動中のタクシーで願った。

しかし、現実はそうはいかなかった。次に訪れた女優の宿泊先でも、睡眠術は効かなかった。この女優は売り出し中のようで、事務所からの命令で睡眠術を受けていた。「睡眠不足は肌に悪影響を与える」との理由で。

万が一の見張り役としてマネージャーが同席していたが(道山にとっては心外だったが)、この女優はいつも不機嫌だった。無理はない。自分から希望したのならともかく、ホテルとはいえ寝室という不可侵なパーソナルスペースに年配の男が入ってくるのだから。

10分ほど施術を続けると、この女優は大きな釣り目を見開いて睨んできた。

「ねぇ、全然眠くならないんだけど!」

どんな理由を述べて退出したのか、道山は覚えていない。パニックに陥っていた。このままでは信用がガタ落ちだ。体調不良を理由に今日の予約をキャンセルし、道山はうなだれながら自宅に戻った。

きっと明日になれば。

その希望は打ち砕かれた。

翌日も、そして、その翌日も睡眠術が効かない。その都度、それらしい言い訳をして納得してもらったが、何人かの目は不審がっていた。自宅のダイニングチェアに腰かけた道山は、祈るようにして手のひらを見つめた。

まさか、あのとき……。

数日前、酔っぱらいにぶつかられた際、両手をついて事なきを得たように思えた。しかし、そのときの衝撃で両手に組み込まれたプログラムが壊れてしまったのだろうか。人間の手は、緻密なコンピューターともいわれているそうだ。

だとしたら……。

背中に一筋の汗が流れた。

その日から、道山は眠りにつけなくなってしまった。埋まっていた予約はすべてキャンセルし、自宅に引きこもった。

睡眠術を失った自分に存在価値はあるのか。一度得た名声とのギャップを想像すると恐ろしく、胸を掻きむしりたくなる。

ただ、そうも言ってはいられなくなってきた。睡眠不足が続いた道山の体調は悪くなり、身体はやせ細っていた。このままでは死んでしまう。命の危険を感じた道山は、とにかく自身が眠りにつくための方法を必死に調べ始めた。インターネットで情報を検索し、ときには匿名で専門家に電話をかけた。

その結果、日中にスクワットやウォーキングなどの適度な運動を取り入れ、寝る前にはヒーリングミュージックをかけながらヨガや瞑想を始めた。寝室の照明を赤みがかった色に取り替え、ラベンダーのアロマを焚いた。今まで予約を確認するのに寝る直前までスマホを見ていたが、それも止めた。アイマスクを付けて値の張る枕に頭を沈め、効果があると話題の呼吸法もやってみた。

すると、眠れた。

目覚めた道山は「これで事業を再開できる」と歓喜に沸いた。「自分でできる睡眠術」としてクライアントに説いて回ると、効果てきめんで評判は上々だ。

しかし、道山の目論見は外れ、「睡眠術稼業」はそれから1年も経たずに潰れてしまった。

「自分でできる睡眠術」のおかげで日頃からぐっすりと眠れるようになった人々は、もう誰も道山の睡眠術を必要としなくなったのである。

fin.

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